アメリカン・トラッド・スーツとブリテッシュ・トラッド・スーツをオーダーでお仕立てします!

当店のお客様「これぞ筋金入りトラッドさん」

新潟市の ametra雅さん

このコーナーでは当店のお客様から、これぞ筋金入りの”トラッドさん”をご紹介します。

記念すべき第一回は、平成9年より当店にお見えになり、ガーベル新潟を熱く支持してくださる 「ametra雅さん」です。
trad雅さんと松原以前は「“Jプレス”や“クルーズ”などを愛用していた」というametra雅さんは、某メーカーの営業職。
「営業もファッションも基本があって、何事も基本を踏まえてその先に応用があり結果が 生まれる!」との哲学をお持ちのハートまでもTRADな方です。
写真のとおり私(→右の松原168p・60s)と比べるとかなりBIGな方です。 “Jプレス”や“クルーズ”が新潟では見られなくなったり、サイズ探しで難しいなどの理由により、当店にお見え
になったのが最初の出会いでした。
「私なんかはよく言うデブですから、既製服サイズだとAB-8かBB-8位ですよねぇー。ですからサイズを探すのも面倒ですし、仮にあったとしても今度トラウザウスがブカブカになっちゃうんですよ・・・」
このような話から1着目をお仕立てさせていただきました。


ametra雅さんは、よく言うデブではありません。もし既製服サイズで表現するならば AB-8かBB-8ではなく、A-11というサイズになるでしょう。
20年ほど前、私がサラリーマン時代の事を思い出しました。
会社の先輩が柔道のオリンピック代表選手(とっても有名な方です)の採寸をおこなった事がありました。
会社の皆で「○○氏は大きいからBBのいくつくらいの大きさかな?」と質問したところ 先輩いわく、「見た目と実 寸は全然違うよ。いいカラダしてるよ。A体だよA体。A-14かA-15くらいだよ」と教えてもらった事を思い出しま した・・・。

「ametra雅さん」に、ご自身のトラッド感について語っていただきました。

「トラッドスーツについて」 by ametra雅

ある日小生の職場が間借りしているビルの中で、オーダー紳士服の臨時出店の広告を見かけた。

trad雅さん「昼休みにチョイと素見して見ようか」と立ち寄ったのが、ガーベル新潟そして松原氏との出会いになる。あれから足掛け7年位になろうか、正確には松原氏の有するオーダーカルテを拝見する必要がある。
その時(もちろん今も)の氏の格好は正統派のアメトラであったと記憶している。日時は忘却の彼方へ去ってしまっても、これだけは覚えている。
しかし、ディテールについては残念ながら思い出せない。印象については「トラッドを着こなす業界の方」を見て懐かしく思ったのと同時に、小生の「内なるもの」の眠りを覚ましてしまった状態に陥った。
約20年程前小生は、在京にて生活していた一人であった。在京の私大の学生を経て、電機メーカーに奉職していた折の頃に話は遡る。
当時行き付けていた小奇麗なトラッドショップの店長は、当然ながら自店の製品を着こなしていた。小生はそれ以外にもワードローブが「アメトラの定番」の域を少しも逸脱するものではなかったのである。強いて言えることがあれば、今よりも痩身であった事位(体重にしてほんの20kgほどではあるが)であった。
学生のときも社会人となっても、ここでもトラッドな人々は小生の周りに幾許か存在していた。反骨精神旺盛、頭脳明晰、実直、いずれも「格好良い」素敵な人々であり、小生にとって憧憬もしくは模倣に値する人々であり、多感な(一般的には青春時代とも呼ぶ)時期の小生への影響は否定しがたいものであった。
その後故あって転職し故郷へ蟄居することにした小生は、最初は在京の流れを汲む百貨店へと足を運んでいた。
しかし前述のトラッドショップのように自店の製品を着こなしている店員など期待するのが間違いであった。否たとえいたとしても、コーディネート能力は少なくない疑問を抱きかねないのが現実であった。
また勤めた先の田舎商社は「トラッド」などという言葉は辞書になく、「シャツの襟をボタンで止めてる輩」が数人いる程度であった。
会社へ出入りしていたテイラーに若干世話にはなったが、何れの作も小生の満足を満たすべきものではなかった。
「アメトラスーツの作り方」を説明しても徒労に終始するのみであったのは、センスの問題であることは想像に難くない。
その後結婚しお金も侭ならない中、レディーメイドの廉価スーツへが小生ワードローブとして並びはじめた。スーツの大量販売店に妻と出向いたのは、今考えると大きな誤りであったように思えて仕方ない。田舎暮らしですっかり肥えてしまった小生の体は、サイズ探しを優先せざるを得ず、とにかくワードローブを揃えるのが優先であった。

松原氏と出会った時は、そのうちの1着に身を包んだ上で、とにかくボタンダウンシャツを組み合わせていたと記憶している。
松原氏とは最初の会話で「どんなスーツが好みか?」と聞かれ「貴兄と同じ格好がしたい」と答えている。
小生生来の短気が災いし、熱の冷めぬうちなけなしのヘソクリを持参し、1着仕立てるに至った。その1着目のスーツを試着した際の感想は「しっくり行くかな?」といった呆気ないものであった。しかし箪笥に並ぶレディーメイド品は小生にとって「しっくり行かない」ものに成り下がったのである。
このスーツは「とっておきの時」用として箪笥に鎮座していたのである。

「しっくり行く」のは中毒になる。

その証拠に小生の「なけなしのへそくり」はすべてガーベル新潟でスーツに化けてしまう。もはや6着目を数えるに至った今は小生にとってなくてはならぬ「定番」なのである。まるで小生の体型の詳細を知り尽くすかの如く気に入ったトラッドスーツに身を固めると、自信がみなぎる。社会に出てから会社は違えど、営業なる形で奉職してきた小生に、改めて服装の大切さを教えてくれた気がする。

それが氏との出会いであろうか。

主観的な記述が多かったので箇条書きスタイルでまとめてみようと思う。

<1>肩こり症がひどい小生はナチュラルショルダーに回帰すべきであった。
体に合わない廉価スーツはその持病を増幅させ、気力を奪う結果となった。

<2>トラッド趣向を理解する松原氏はストレスを小生に与えない。
バブル以降日本のビジネスマンから「センス」と「自信」とを奪ってしまった罪作りな人は小生に多大なストレスをもたらす。

<3>行き付けの店はワードローブもひそかに知っている。
「今度何をそろえるべきか」熟考の上真剣に相談に乗ってくれる。ましてやトラッド諸氏の共通点は我が身に置き換えて、助言をしてくれる。氏は「ひとごと」な話をしないのである。

<4>オーダーメイドは小生の体型上既に不可欠である。
これは松原氏が小生本人より熟知している。(ことと思われる)

<5>氏は実直である。
ワードローブについて素直に相談できる頼もしい存在である。「売らんかな」タイプのテイラーは相談に託け、押売る罪深き人たちである。上質なウールの「サージ」は「フランネル」ではないのが氏の持論である。トラッドスーツには頑固に「水牛製ボタン」を採用するところで理解しうる、トラッドな人々は多数存在すると小生は信じている。 トラッドショップ衰退の現状を見るたび、「行きもしないくせに悲しくなる」小生であるが、「行き付け」のガーベル新潟にはいつまでも存続してほしいのである。
なぜなら小生のスーツを作ってくれるべき店が存在しなくなるからである。

「ametra雅さん」本当にありがとうございました!
(ガーベル新潟:松原 功)